Essay
エッセイ




[ポーランドはおいしい] 番外編

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1. ウオツカとソーセージ
2. ピエロギの考察
番外編. ワールドカップに見るポーランド性
3. 料理名の不思議
4. 蜂
5. ビールの味いろいろ
   ワールドカップに見るポーランド性 芝田文乃

 サッカー・ワールドカップ1次リーグ日本対ロシア戦で日本が勝ったあと、モスクワの日本人や日本料理店が襲撃されたことは記憶に新しい。

 ポーランドは韓国と対戦して0−2で負けた。スタジアム全体が真っ赤な韓国応援団だったうえ、実況の日本人アナウンサーまで共同開催国を立ててか韓国びいきの放送だった。

 私が近々またポーランドに行くと知った日本人の友人は、韓国人に間違えられて襲われないように、と気遣ってくれた。でも、ポーランド人は文化的だから、韓国に負けたからといって韓国人を襲うようなことはしない。乱暴で野蛮なロシア人とは違うのだ、とポーランド人は言う。

 過去にお互い戦争をしたことがある日本とロシアとは違って、ポーランドと韓国は歴史的に直接の利害関係はない。ひょっとすると、スターリン時代に韓国人もポーランド人もシベリア送りになったことがあるという共通の被害者意識が、「韓国はポーランドの敵ではなくお友達」という感覚を生んでいるのかも知れない。一般の韓国人がポーランドをどう思っているのかは知らないが、「国を分断された歴史」が似ているのでポーランド史を研究しはじめたという韓国人女子留学生にワルシャワで会ったことがあるから、韓国人にも共通被害者意識が多少はあるのだろう。(ポーランド人はその伝で、ポーランドにはアウシュヴィッツがある、日本には広島と長崎がある、だからお友達、と思っているふしがある。歴史的に意味合いの異なる事実を同列に並べて、「君も被害者、僕も被害者」とひとくくりにするのはどうかと思うが)。

 では、ポーランド人は敗戦の鬱憤をどこにぶつけたのか?

 その矛先は意外なことに、対戦チームでも対戦国の国民でもなく、自国の選手でも監督でもなく、国歌を歌った歌手、エディタ・グルニャクに向けられた。

 エディタ・グルニャクといえば、10年ほど前にミュージカル「METRO」の舞台で注目を集め、ソロデビューを果たした女性ポップス歌手である。ロマの血を引く彼女は、ちょっとエキゾチックな面立ちと、アメリカン・ポップス的ハイ・テンポな曲とダンスでたちまち人気者になった。しかし、コンサート会場でファンがカメラのフラッシュを光らせたとたん、怒って歌を中断したとか、ロマ系の父親が会いたがっていても会いに行かないなど、お高くとまった言動も伝えられている。

 その彼女の歌が下手だったせいで、ポーランドは敗れたというのだ。

 6月4日にスタジアムで流れたポーランド国歌は、いつも聞くのとはアレンジが変わっていて、私も「あれっ?」という感じだった。普段のコンサートとは違う異様な雰囲気にのまれたのか、韓国人の熱気に気おされてあがってしまったのか、エディタの歌は、国歌というよりはクリスマスキャロルみたいにふわふわした気合いの入らないものだった。

 そんなわけでポーランド国内で彼女は総好かんを食らっている。彼女の歌は国家の威信を傷つけ、ポーランドチームを意気阻喪させ、対韓国戦を敗北に導いたとして、損害賠償を求めて訴訟を起こした人までいるという。

 ここまでエディタが攻撃される理由は、実は彼女がロマ系だからではないか、形を変えて噴出した民族差別ではないか? 考えたくはないが、そう勘ぐりたくもなる。

 共産主義政権時代には、何か経済の問題が起きるとたいていユダヤ人のせいにされ、それを口実にして実際にユダヤ人が迫害されたのだ。政府はそうして国民の目をそらし、現実的な問題解決の努力をいっこうに行わず、うやむやにしてきた。現在、ポーランドは失業率が18パーセントを超え、いつ第2のアルゼンチンになってもおかしくないと言われながら、国は具体的な対策を打たず、国会では、ホモセクシュアルであることが発覚したバチカンの司教に関する審議に数日間もかけている。(悪者をでっち上げ、問題をずらしていく方法は日本の国会でもおなじみである)。

 今回の事例も、エディタをスケープゴートにすることで、問題の本質からどんどん話が逸れていく。しかもポーランド人以外の人々は、彼女の歌の出来などまったく気にしていない。そういう盛り上がり方が実にポーランドらしいなあ、と私は思うのだ。

韓国とポルトガルに負けたポーランドは1次リーグで敗退した。が、韓国とアメリカの決勝トーナメント進出が決まってから、アメリカに3−1で勝った。アメリカがはなから勝負を投げていたのかも知れないけれど、単なる消化試合になると力を発揮するところが実にポーランドらしいなあ。
2002.6


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