ポーランド人が自慢する自国の特産物といえば、まずはウオツカとソーセージ。 日本でよく見かける「スブロッカ」と称するものは、本当は「ジュブルフカ」といい、もちろんポーランド国内にもあるが、好んで飲むポーランド人はあまりいない。ポーランド人が一般に飲むウオツカは、草など入っていない透明のものである。ほかに、ハーブで香りづけされた琥珀色の「ジョウォントコーヴァ・ゴシュカ」(直訳すれば「胃の・苦い」だが、味は甘い)や、チェリー・ウオツカと訳されている「ヴィシニュフカ」など甘口を好む人もいる。 ポーランド人の飲み方は、50ccのグラスにストレートで一気に流し込み、チェイサーとしてグレープフルーツジュースかオレンジジュースを飲むというのが多い。割って飲む人は少ないようだ。 民主化以前のポーランドの飲み屋はすべて国営企業だった。当時は、つまみを注文せず酒だけ飲むのはアルコール依存のもと、けしからん、という口実で、酒を注文する客は必ずつまみも注文しなければならないという規則があった。つまみの種類はどの店も同様に、チーズ一切れ、ゆで卵半分、酢漬けニシン、といったところ。美しくも若くもない横柄なウエイトレスが「つまみは?」と訊いてくるから、客は一応、いちばん安いチーズかゆで卵を注文する。でもチーズもゆで卵も品切れで、値段の高いニシンしかないこともあり、仕方なくニシンを注文するはめになる。常連客は酒だけ飲み、つまみには一切手をつけない。下げられたつまみの皿はふたたびビュッフェのガラスケースに並び、次の客を待っている。チーズのふちが干からびてそっくり返り、卵の黄身が緑色になってもなお、皿はビュッフェとテーブルをいったりきたりする。この半永久的往復運動に終止符を打つため、チーズまたはゆで卵またはニシンを灰皿と見なし、両切り煙草スポルトのちびた吸い殻を押しつける客もいた。 スワヴォーミル・ムロージェクの小説「モニザ・クラヴィエMoniza Clavier」(日本語未訳)は、ヴェネツィアにやって来たポーランド人らしき主人公「私」と、世界的な映画女優モニザ・クラヴィエの恋愛を軸にストーリーが展開する。恋愛小説と銘打ってあるが、恋愛がテーマというよりは、同じ作者の戯曲「亡命者 Emigranci」と同じく、テーマはポーランド人のアイデンティティである。 ここで描かれているカバノスを「ポーランド」と置き換えてみてもよい。西側に出たポーランド人の「私」はロシア人と間違われたりもするが、東側の人間であるということからモニザに好意を寄せられる。ポーランド人というアイデンティティが、西側の人間とは違う特別なものという意味で武器となったわけだが、モニザとの最後の逢瀬を目前にして邪魔をするのもまた、ポーランド人なのだ。 ポーランド人にとってのカバノス=ポーランドは、誇りであり、呪われた結婚相手でもあり、とても恥ずかしいものでもある。ポーランド人が自国を語るとき、つねにこうしたアンビヴァレントな感情が見え隠れしている。 註: 1. Jerzy Pilch,Pod mocnym aniolem:Wydawnictwo Literackie,2001 2. Slawomir Mrozek,Moniza Clavier,短篇集『2通の手紙 Dwa listy』:Wydawnictwo Literackie,1974 所収 3. Slawomir Mrozek,Emigranci,初出は雑誌"Dialog"1974 nr.8 尚、Slawomir Mrozekの作品は現在、Noir sur Blanc社から全集が出ている。 2002.5 |