ポーランド国内の旅行代理店のショーウィンドウに、めったにないけれど、たまに日本ツアーの広告が出ていることがある。東京、京都、奈良、8日間とかで、キャッチコピーはたいてい「桜咲く国へ」である。 「桜咲く国」というのは、ポーランドでは「日本」の同義語としてよく使われる。日本で、スペインに必ず「情熱の国」とつけるようなものだ。 こういう紋切り型の文句によってその国に対する先入観が植え付けられ、本当の姿を知る妨げになったり、それに基づいて抱いたイメージと実際の姿があまりに違うと幻滅したりするのではなかろうか。 例えば、こんなコピーが付いていると、日本へ行きさえすれば桜の花が見られるかのように錯覚する人がいるかも知れない。だが桜が咲いている時期にどんぴしゃり合わせて来日というのが、そもそもむずかしい。日本にいる我々だって、天候とスケジュールの具合で毎年必ずお花見ができるとは限らないのだ。 花の下で飲み食いをするお花見という習慣は日本だけのものなのだろうか。あまりよその国では聞かない。当然ながら、桜の開花予想、桜前線なんてものも日本だけだろう。 桜で思い浮かぶ食べ物は、日本語だと「花より団子」、桜餅、桜あんパンなど、まず和菓子方面。落語「長屋の花見」では、お酒の代わりにお茶、蒲鉾代わりに大根の漬け物、卵焼きの代わりは沢庵だ。ここでのお茶と漬け物は貧乏のシンボルなのだけれど、現代では手作りの漬け物っていうのはかなりの贅沢だよなあ。また、桜海老、桜鯛、桜鱒、桜烏賊、桜海苔、桜干し、桜煎りなど、水産物関連に桜の付いた言葉が意外と多いのが、考えてみれば日本語らしい。桜肉、桜鍋といえば馬肉。色が桜の花に似ているからだそうだ。 なお、ポーランド語の桜には2種類あって、「桜咲く国」の桜はヴィシニャwisniaであり、もう1種類チェレシニャczeresniaというのがある。チェレシニャの方が生食用で、ヴィシニャはそのまま食べるにはかなり酸っぱく、砂糖煮にしたり、シロップを作ったりするのに使われる。ヴィシニャのシロップは味も色も氷イチゴのシロップのようなもので、かなり甘ったるい。瓶入りの市販品もある。ポーランドではかき氷を食す習慣がないから、このシロップはかき氷にかけるわけではなく、ビールに入れるのである。普通の居酒屋やバーにもたいていこれが置いてあり、ビールを注文するとき頼めばちょろっと注いでくれる。これはオプションで+50グロシュくらい(約15円)。小学生の頃、ビールとファンタ・オレンジを混ぜてみたことを思い出す、そんな甘さだ。 もうひとつ、日本人には馴染みのないビールの飲み方として、冬はホットで、というのがある。居酒屋でホット・ビールを頼むと、以前はどうしていたのか知らないが、いまではジョッキに注いだのを電子レンジでチンしている。ホットの場合もシロップを入れたり、シナモンパウダーをふったりする。 あとヴィシニャ関連で忘れてはならないのが、ヴィシニュフカwisniowkaというお酒。英語だとcherry cordial、チェリー・リキュール。ほんのりピンク色をした甘口で口当たりのいいウオツカだが、アルコール度数40パーセントだから飲み過ぎないように注意! そんなわけで、ポーランド人が「桜」と聞いて連想するのは、どうしても果物か酒なのである。 2004.3.28 |