Essay
エッセイ




[ポーランドはおいしい] 第3回

[back number]
1. ウオツカとソーセージ
2. ピエロギの考察
番外編. ワールドカップに見るポーランド性
3. 料理名の不思議
4. 蜂
5. ビールの味いろいろ
   料理名の不思議 芝田文乃

  ごく一般的なポーランド料理の名がピエロギ・ルスキェ(ロシアのピエロギ)というのも変だが、ポーランドにはほかにもおかしな料理名がいろいろある。

例えば、ムロージェクの短篇「請願書」にはこういうくだりがある。「ビュッフェにすでに1か月並んでいるあのニシンの日本風を食して…」

「ニシンの日本風」と聞いてどんな料理を想像します?

正体を明かせば、これは酢漬けニシンにゆで卵のマヨネーズ和えを添えたもの。

どこが日本風なんだ! とツッコミを入れたくなるけど、このメニューが結構ポピュラーなのである。ポーランド人はこんなものを日本人が日本で食べていると本気で思っているのだろうか?

それから、ブルターニュ風ファソルカという料理がある。ファソルカfasolkaというのはファソラfasolaの指小形で、1.植物としてのインゲン、2.インゲンの豆と莢、3.インゲン豆の料理という意味がある。ブルターニュ風ファソルカはインゲン豆がたくさん入ったトマト味のスープである。インゲン豆スープの意味では辞書にファソルフカfasolowkaという単語が載っているけれど、クラクフではあまり聞いたことがない。「ソラリスの陽のもとに」で日本でも有名な作家のスタニスワフ・レムは、このファソルカが好物だそうだ。

 ブルターニュ風ファソルカの作り方
1.乾燥白インゲン豆は調理する前日から一晩水につけておく。
2.ローレルの葉とピメントを加えて、つけておいた水ごとインゲン豆を煮る。
3.フライパンに油をしき、ソーセージ(輪切り)と玉ねぎ(薄切り)を炒め、インゲン豆の鍋に加える。
4.インゲン豆がやわらかくなったら、トマト缶詰(またはトマトピューレ)を入れる。ニンニク(スライスまたはみじん切り)、塩、胡椒で味を調える。
5.フライパンでバターと小麦粉を弱火で炒めてルウを作り、ファソルカに加えてとろみをつければできあがり。

 かのナポレオンもファソルカが好きだったそうだが、彼が初めてこれを食したのは実はポーランドでのことだったという話だから、ブルターニュ地方で実際この料理を食べているのかどうかは大いに疑問。ブルターニュに詳しい人に訊いてみたいものである。

 そのほかインゲン豆は、ゆでてバターをまぶしたり、サラダに入れたり、肉料理に添えたりして食べる。

ルブリンのカフェで、チーズケーキとコーヒー
©1999,2004

pix
 さて、クラクフで私がよく行くおいしいケーキ屋さんには「ウィーンのチーズケーキ sernik wiedenski」というものがある。ウィーンと言えばザッハートルテでしょと思うが、この店にザッハートルテは置いてない。ポーランドのチーズケーキ(セルニクsernik)は通常、白チーズと砂糖と卵を混ぜたものをクッキー生地の上に流して焼いたもので、日本のチーズケーキよりもずっとどっしりして食べごたえがある。白チーズにレーズンやレモンピールが入っていることもある。表面にはたいてい細長いパイ生地が格子状に並んでいる。「ウィーンのチーズケーキ」のどこが普通のチーズケーキと違うのかというと、底のクッキー生地がないところだそうだ。ブルターニュには行ったことのない私だが、ウィーンには行ったことがある。残念ながら、かの街でこんなケーキにはお目に掛からなかった。尚、ポーランドのケーキ屋さんで「フランスの生地 francuskie ciasto」と表示してあるのはパイ生地のことだ。

商品名に「どこそこ風」と付けるのは日本でもよくあることで、別段驚くことではないが、名前がひとり歩きして別物に変貌していく様子がおもしろい。

 いまでこそ日本でもバゲットやバタールなどと呼び分けているが(いまフランス語を調べてみて初めてわかったのだけれど、バゲットは300gの棒パン、バタールは500gでバゲットより短く太い、とある。うちの近所[東京都内]のパン屋のバゲットとバタールは太さがほぼ同じで、バゲットの方が長い。したがってバゲットの方が重く、値段もバタールより高い。外来物は多かれ少なかれどこか間違って伝わるものだなあ)、ひと頃は日本語でフランスパンと総称していたパンのことを、ワルシャワ、ウゥチなどポーランド中部ではイギリス女性(アンギェルカ angielka)と呼び、クラクフを中心とした南部ではヴェカ wekaと呼ぶ(おそらくドイツ語のWeck、Weckeから)。日本語でイギリスパンと言うと上部が山型にふくらんだ食パンのことだからややこしい。ちなみに日本女性(ヤポンカjaponka)は、建設現場で土砂などを運ぶ手押し二輪車の意味もあり、その複数形ヤポンキjaponnkiはゴム草履を指す。

 また、レーズンや乾燥イチジク、レモンピール、オレンジピールなどを入れて焼いたフルーツケーキのことを、ポーランド中部ではケクスkeks(英語のcakesから)と呼び、南部ではツフィバクcwibak(ドイツ語のZwiebackから)と呼んでいる。ポーランド人でも、自分の地方以外の呼称は知らない人もいる。日本でも例えば地方によって魚の呼び名が異なると、よその人には通じないことがある。それに似ている。

 ところで、イタリア語のmaccheroniが日本語のマカロニになったように、ポーランド語に入るとマカロンmakaronという単語になった。いまでこそ日本でも、ペンネ、ファルファーレなど、形状によってパスタを呼び分けるようになったが、ひと頃はスパゲッティ以外のパスタをひとくくりにしてマカロニと呼んでいたものだ(イタリア語のmaccheroniはあの円筒状のものだけを指す。念のため)。ポーランド語のマカロンの意味はさらに広く、スパゲッティもマカロンだし、ラーメンの麺もマカロンである。日本蕎麦もマカロン・グリチャーニィ(蕎麦のマカロン)と訳される。要するにマカロンは麺類の総称として使われているのだ。

 それでいて粉物すべてをマカロンと呼ぶわけではなく、昔から伝わるポーランドの練り粉料理には様々な名が付いている。例えば、小麦粉とゆでたじゃがいもと卵をこねて直径2cmの棒状に伸ばし、フォークで軽くつぶし、長さ5cmに切ってゆでたもの(イタリア料理のニョッキに酷似)はコプィトカ kopytkaという。練り粉を薄く伸ばし短冊状に切ってゆでたものはワザンキ lazankiと呼ぶ。ちなみにお菓子のマカロンはポーランド語でマカロニキmakaronikiという。

 尚、ポーランド人はラーメンを麺類ではなく「マカロン入りのスープ」と見なしている。だから、ヴィスワヴァ・シンボルスカの有名な詩「詩の好きな人もいる」に出てくるマカロン入りブイヨンrosol z makaronemを、(沼野充義氏の邦訳ではマカロニ・スープとなっているが)ラーメンと取ってもあながち間違いではない。歌川廣重の『名所江戸百景』の一つ、「大はしあたけの夕立」に題材を採って「橋の上の人たち」を書いた日本贔屓のシンボルスカがラーメンに言及したとすれば、日本人としてはちょっとにんまりしてしまう。ただし、ポーランドで売られているインスタントラーメンは、ベトナムのメーカーがポーランド人向けに作ったものか(日本のメーカーと提携しているものもある)、あるいは韓国製が多く、純粋日本製は見かけない。

  註:
1.「請願書」は拙訳のスワヴォーミル・ムロージェク「所長」(未知谷 2001)所収
2.スタニスワフ・レム「ソラリスの陽のもとに」飯田規和訳(ハヤカワ文庫SF)
3.「詩の好きな人もいる」はヴィスワヴァ・シンボルスカ「終わりと始まり」沼野充義訳・解説(未知谷 1997)所収
4.「橋の上の人たち」はヴィスワヴァ・シンボルスカ「橋の上の人たち」工藤幸雄訳(書肆山田 1997)所収

2002.6


△このページのトップへ
to the top of this page

| Topics | Recent Days | B's Diary | A's Gallery | B's Gallery | Exhibitions | Books & Goods | Profile | Links |

©2004 SHIBATA Ayano & Bogdan Zawadzki | all rights reserved. link free.