Essay
エッセイ




[ポーランドはおいしい] 第4回

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1. ウオツカとソーセージ
2. ピエロギの考察
番外編. ワールドカップに見るポーランド性
3. 料理名の不思議
4. 蜂
5. ビールの味いろいろ
   蜂 芝田文乃

 ポーランドには蜂が多い。

 夏に屋外のカフェで清涼飲料水などを飲むときは要注意。すぐにスズメバチosa が飛んで来る。そしてよくコーラの瓶などに入ってしまう。とくに危ないのは、蜂が飲みかけの瓶に入っているのに気づかぬまま瓶に口を付けて飲み、蜂を飲み込んだ場合だ。飲み込まれた蜂は必死になって刺す。刺された気管は腫れて塞がり呼吸困難を引き起こす。実際に、こうして親戚の誰々ちゃんが死んだ、という話を聞いたことがある。

 Bが小さい頃、遊んでいる最中に、友だちの一人が蜂(おそらくosa)を飲み込んだことがあった。Bは持っていた筒をいきなりその友だちの喉に突っ込んだ。たまたまそのとき、筒に何か弾のようなものを詰め、口で吹き飛ばして遊んでいたのだ。友だちは筒を喉に突っ込まれたまま病院に運ばれた。医者はそれを見ると、だれがやったのかと尋ねた。いっしょにいた友人たちはてっきり叱られるのではないかと思い、すぐに「ラムゼス、ラムゼス」と言いながらBを指差した。当時、彼はラムゼスと呼ばれていた。そういう名前のエジプトの王様が出てくる映画が流行ったことがあり、その王様役の俳優に似ていたのでそういうあだ名がついたのだった。医者は「ラムゼス、よくやった、偉いね」と言ってBをほめてくれた。気道を確保するためにはこうやればいいとだれに教わったのかね、とも訊かれた。だれに教わったのでもなくBは直観的にわかったのだった。(日本ではこれを医師以外の人が行うと問題になるが)。

 もうひとつosa で思い出すことがある。Bの甥っ子が五歳くらいのときのこと。甥は毎日何かに変身していた。おばあちゃんのところに来ていたその日はosa になっていた(ちなみにその前日は電車になっていたそうだ)。「おじさんに挨拶しなさい」とおばあちゃんに言われた彼は、wzzzzz(ブーン)と言いながら両手をぱたぱたさせてやって来た。伯父であるBは握手するため「手を出して」という代わりに「Daj mi skrzydelko (羽を出して)」と話を合わせたので、私は感心してしまった。このスクシデウコskrzydelkoは、翼や羽という意味のスクシドウォskrzydloの指小形で「小さな羽」という意味である。単に「小羽」というのとも違い、もっとかわいらしい言葉だ。だからといって「羽ちゃん」と訳したのでは、男が口にすると気味悪くなってしまう。どうも日本語ではこのニュアンスがうまく伝わらない。

ボグダンの庭のコスモスに来たマルハナバチ
©2003,2004

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 ポーランド語には蜂を表す単語がたくさんある。日本語ではそれぞれの種類を表すのに何々バチと語尾に蜂が付くが、ポーランド語では種類によってまったく別の単語を当てる。スズメバチosa 、ミツバチpszczola、 マルハナバチtrzmiel、スズメバチの一種szerszen、という具合。

 だから、日本語では「蜂だ」と言えば済むとき、ポーランド語ではいちいちどの蜂なのかを区別して言わねばならず厄介である。厄介というより、そもそも咄嗟にそんな細かい見分けがつかないというのが正直なところだ。でも、コーラを飲んでいると飛んで来る(コーラに限らず清涼飲料水ならたいてい来る。ビールにも来ることがあるし、砂糖の入ってない紅茶に来たこともある)のはosa だということは、前述の呼吸困難の話のせいですぐに覚えた。しかし、いまだにosa とszerszenはどう違うのかがよくわからない。

 さて、スワヴォーミル・ムロージェクの小説「ちいさい夏 Malenkie lato」(未邦訳)では、小説の舞台がチュミェローヴァ・グラTrzmielowa Gora(マルハナバチ山)、主人公の名前がチュミェルTrzmiel という。この主人公は教会小使、髭面の小男だ。冴えないが実直で素朴な働き者の子沢山である。マルハナバチとは言い得て妙。彼の子どもたちを表すのに先ほどの指小形を使ってチュミェロントコTrzmielatko としている。この音からして、ちっちゃいのがうじゃうじゃ動き回っている感じがよくでている。この小説にはプシュチュウカPszczolka(ミツバチの指小形)という男も出てくる。この男、名前から想像されるほどかわいくはない。

 プシュチュウカPszczolka といえばマーヤである。日本製のアニメ番組「みつばちマーヤの冒険」は、ポーランドでは「プシュチュウカ・マーヤPszczolka Maja」のタイトルで放映され、一時(1993年頃)はキャラクター商品が出回るほどの大人気だった。郵便局窓口の女性の机の上に、プシュチュウカ・マーヤ・レモネード(粉を溶かして飲むタイプ)が置いてあるのを見て、早速私はおみやげに買い求め、友人たちに一パックずつ郵送した。ただ原作がドイツの小説だったので、アニメが日本製だということを知っていた人はほとんどいなかった。マーヤの友だちウィリーは、ポーランド版ではグーチョという間抜けな名前になっていた(原作では何というのだろう?)。水前寺清子の歌うエンディング・テーマ曲も残念ながらポーランドでは流れなかった。ポーランドのシンガーソングライターが作った別の曲に差し替えられていたからである。

クラクフの蜜蜂関係のお店
©2002,2004


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 クラクフのシチェパインスキ広場にある蜜蜂マークのお店には蜜蜂関係の製品が一堂に会する。蜂蜜のなかでも、日本では見たことない黒っぽい色のミュト・スパジョーヴィmiod spadziowyはまろやかでおいしい。これは花の蜜ではなく、ある種の樹木の葉や枝にしみ出る甘い液(甘露)をミツバチが集めたものだそうだ。そのほか、ローヤルゼリーを使った健康食品、プロポリス錠剤、蜜臘の蝋燭(これは黄土色で表面に装飾的な彫刻を施した美しいもの)、「飲む蜂蜜 miod pitny」と呼ばれる甘い蜂蜜酒、養蜂の道具まで揃っている。巣箱や顔をすっぽり覆うマスクなどは養蜂家が買いに来るのだろうか、それとも一般の人が趣味で蜜蜂を飼ったりしているのだろうか?

註:
Slawomir Mrozek,Malenkie lato,1956初版 現在はNoir sur Blanc社版全集で読める

2002.6


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