「ビゴス」というのは、キャベツとザワークラウトと肉類を長時間煮こんだもので、ピエロギと並んでポピュラーなポーランド料理である。スーパーでは瓶詰めや冷凍食品も売られている。 昔は各家庭でひと樽も煮て、冬の保存食にしていたそうだ。 基本的な材料はキャベツとザワークラウト(酢漬けキャベツと訳されることもあるが正しくない。キャベツを塩漬けして発酵させたものである)、ソーセージやベーコン、玉ねぎ、きのこ類。その他、家庭によってオプションはいろいろ。肉を絶対入れるという人もいれば、トマトを入れるのが好きと言う人もおり、乾燥プルーンと赤ワインを加えよと説くレシピもある。それぞれの家庭にそれぞれのお母さんの味があるという意味で、工藤幸雄氏はビゴスをおでんに喩えていた。 2000年にボグダンが来日したとき、みんなにごちそうしようと鍋一杯ビゴスを用意し、とあるお店に持っていったことがある。そこに行く前にたまたま、四谷のイグナチオ教会に立ち寄った。ここでは月に一度、ポーランド人司祭によるポーランド語のミサが行われており、東京在住のポーランド人とその家族が集まるサロンのようになっている。いつもは教会に行かないボグダンだが、このときはちょっとお祈りしたいことがあったのだったか、理由は忘れたけれど、とにかくビゴスの鍋を持ってミサに列席した。司祭さまのありがたいお話やお祈りや賛美歌斉唱などが進行するなか、こぢんまりとした静謐な礼拝堂にビゴスの香りがただよい、参列者たちは鼻をクンクンさせて懐かしくも香しい匂いの出どころを突き止めようとしていた。 材料 (日本で手に入るもので作れます): キャベツ 1個 ザワークラウト 450g缶 1缶 玉ねぎ 中2個 しいたけ、まいたけなどの茸 1パック ベーコン 200g ソーセージ 200g トマト水煮缶詰め 450g缶の半分 オールスパイス 小さじ2 クミン 小さじ2 ローレルの葉 1、2枚 塩、こしょう、油 適宜 あればディルの葉 1. キャベツはせん切りにして鍋に入れ、水1カップを注いで蒸し煮にする。 2. 玉ねぎはせん切り、ベーコン、ソーセージ、茸は食べやすい大きさに切り、フライパンに油をしいてよく炒める。 3. 玉ねぎが透きとおって少し色づいたら、ベーコン、ソーセージ、茸とともにキャベツの鍋に加える。 4. ザワークラウトとトマト、スパイス類も加え、ときどき混ぜながら、焦げないようにごく弱火で煮込む。 5. 30分ほど煮たら火を止め、鍋の蓋をしたまま置いておく。 6. 半日ほどして鍋が冷めたらふたたび火にかけ、全体がぐつぐついうまで暖める。翌日も朝晩1回ずつ火を入れる。これを2日くりかえす。 7. 全体が茶色っぽく渾然一体となる3日目が食べごろです。もしあれば、青みとしてディルの葉を散らす。ゆでたジャガイモか、おいしいパンを添えてどうぞ。 駐日ポーランド大使館で昨年のポーランド独立記念日に供されたビゴスには、トマトは入っておらず、色は白っぽかったが、水分がほとんどなくなるまで煮詰められ、肉がごろごろ入っていて、かなり密度の高いものだった。このビゴスが食べたいがために、このパーティーに出席するポーランド人も多いらしい。 ああ、ビゴス、ビゴス! とビゴスのことばかり考えていたら、唐突に「ぜんぜんおじや」を思い出した。 「ぜんぜんおじや」というのは、中学のときの地理担当教師、松尾先生の口癖である。たとえば、生徒がまったく見当はずれな答えをした場合など、頻繁に使用された。頭の中がぐちゃぐちゃな状態を表すらしい。 なぜ「おじや」を思い出したかといえば、ビゴス bigosは「混乱状態」の意味の比喩として使われる言葉だからだ。日本語では「ごった煮」といったところだろうか。「narobic bigos ビゴスを引き起こす」と言えば、「しっちゃかめっちゃかにする」といった意味だ。いろいろな材料が混ざりあってごちゃごちゃになっているからだろう。でも、ビゴスもおじやも、味は「混乱」せず、「調和」していて、おいしい。 2004.1 |