Essay
エッセイ




[ポーランドはおいしい] 第19回

[back number]
1. ウオツカとソーセージ
2. ピエロギの考察
番外編. ワールドカップに見るポーランド性
3. 料理名の不思議
4. 蜂
5. ビールの味いろいろ
6. ポーランドのクリスマス
7. 「ビゴス」と「おじや」
8. 脂っこい木曜日にはポンチキ
9. 桜咲く国
10. ポーランド人民共和国における外貨両替とその様々な側面
11. 綿毛降る
12. 鳴く虫
13. 瓶詰めの魔法
14. あこがれの漢字
15. ホウレンソウ
16. トンカツ東西比べ
17. クリスマスを過ぎて思うこと
18. シャルロトカ
   刺草と酸葉 芝田文乃

クラクフの庭のイラクサ
©2007



pokrzywa
 フランスではイラクサの若葉をスープにして食するそうだ。

 日本では関東以西の山地に自生するこの草は、不用意に触れると皮膚がピリピリといつまでも痛むから、刺草と書いてイラクサ。ポーランドでもありふれた雑草で、このトゲは台所用ゴム手袋などやすやすと貫いてしまうため、庭や墓地の草取りには軍手を準備しないといけない。

 毒を持つ細かなトゲに覆われ、触れると痛いこの草が食用になるとは意外だったが、日本の百科事典をひいてみると、やはり「若芽は食用」とある。どのように調理して食べるのだろうか?

 ちょっと調べてみた。日本のミヤマイラクサは方言でアイコとも呼ばれる。灰汁がほとんどなく癖のない味で、おひたしや天ぷら、和え物にするとおいしいという。

 堀江敏幸の短篇「イラクサの庭」の主人公の女性は小留知(おるち)という自分のめずらしい名字が嫌いだったが、料理を習ったフランス人講師から、Ortieとつづればフランスの田舎で料理に使う野草の名になると教えられ、密かにそれを誇りに思うようになる。そして、みずから開いたレストラン兼料理教室を《イラクサの庭》と名付けた。

 蜂や蟻の毒と似た成分、蟻酸を含むイラクサの毒は、使い用によっては薬にもなる。園芸では水肥にするし、害虫予防にもなる、と小留知先生はおっしゃる。

 ポーランドでもイラクサは薬草として使われている。尿道炎や初期の前立腺肥大、糖尿病などに副次的な薬として使われる。新陳代謝を促進し、内分泌腺の作用を活発にし、赤血球の増加させ、腸蠕動を改善するという。またイラクサの葉は脂性の肌や髪のケアに使われ、多くの化粧品に含まれているそうだ。

 茎から取れる繊維は長く強く、かつては紐や縄や織物に広く用いられていた。日本では茎の繊維から紡いだ糸で刺草織という織物を作る。サハリンのアイヌ民族は何世紀もの間、イラクサから紡いだ糸で縄や漁網を作ってきた。カムチャツカの漁師たちもイラクサの繊維で作った丈夫で軽い漁網を使っていた。これは長い間水を吸わず腐らない。19世紀のヨーロッパではイラクサから織物と粉をふるう篩いが作られた。第一次大戦中、ドイツでは木綿が不足したため、イラクサで服地が作られたという。

 イラクサのポタージュ・スープの作り方は簡単で、小留知先生のレシピによると、「若いイラクサを摘んで葉をむしり、賽の目に切ったジャガイモ、たまねぎといっしょに30分ほど煮込み、ミキサーにかける。鍋に戻して塩、胡椒で味をととのえ、仕あげに生クリームをくわえる。」

 ヨーロッパのイラクサ Urtica dioica 種(雌雄異株)は日本のミヤマイラクサと違い、野草独特の強い匂いと苦みと酸味があって、こういうのが苦手な人にはおいしいとはとうてい思えないスープのようだ。

 ポーランドでは若芽をサラダやほうれん草のピューレに加えたり、スープや肉だんごに入れたりするそうだ。その際、あらかじめ約60℃の湯に浸して、イラクサに含まれるヒスタミンと蟻酸を不活性にしておくこと。

 そのほか、ギリシャやイタリアではリゾットに入れて食すということである。

 イラクサは昔から魔力を持つといわれている。煎じた液を服や部屋にふりかけておくと、人や家に平穏を取り戻し、不快な感情を浄化するとされている。

 さて、ポーランドではスイバもスープにする。はじめて聞いたときは、えっ、あの雑草をスープにするの?! と驚いた。

 道ばたに生えているのを摘んで口に含むと酸っぱいから酸葉(スイバ)。わたしの郷里ではスカンポといっていた(ただし、イタドリのこともスカンポと呼ぶことがあるので注意)。

 スイバはポーランド語でszczaw シュチャフというが、口語ではシュチャフ一語だけでスイバ・スープを指すこともある。それほどポーランドではポピュラーな料理なのだ。

 スイバ・スープ(ゆで卵入り)の作り方(4人分)
1. スイバ300gは洗って、汚いところや茎を取りのぞき、葉をみじん切りにする。
2. 鍋にバター大さじ1を熱し、スイバを入れ、塩少々して蓋をし、弱火で5分間、蒸し煮にする。
3. 小麦粉大さじ1を少量の冷たいブイヨンと混ぜ合わせ、なめらかになったらスイバの鍋に加える。かき混ぜながら残りのブイヨン約1リットルを加え、弱火でさらに10分煮る。
4. スープにとろみがついたら火から下ろし、塩、胡椒で味をととのえ、濃い生クリームを加える。
5. 銘々の皿にゆで卵を1つずつ入れたところに、おたまでスープを注ぎわける。

 スイバもまたポーランドでは薬草として使われる。根は便秘に、実は下痢に効く消化器系万能薬らしい。スイバのお茶は肝臓と腎臓の病気に効くという。また、煎じた液で口腔の潰瘍をゆすいだり、できものや治りにくい傷を洗ったりする。ただし、腎臓結石やリウマチ、痛風を患っている人は食べてはいけない。

 スイバには多くの種類があるが、ポーランドのスイバはおもに次の2種類である。草原に自生する雑草のszczaw polny シュチャフ・ポルニィ(野原スイバ)と、食材として栽培もされるszczaw zwyczajny シュチャフ・ズヴィチャイニィ(普通のスイバ)。

 だから雑草をスープにするわけではなく、スープにはスープ用のスイバを育ててもいるようである。

 日本で野草料理を実践している方によれば、スイバは塩で一夜漬けにしてよし、酸味を生かした料理にしてよし、じゅうぶんにゆがいて水にさらしてから胡麻和えなどにするのもおいしいとのことである。

  註:堀江敏幸「イラクサの庭」(「雪沼とその周辺」所収)
  Wikipedia ポーランド語版、ほか
2007.05.20-06.07



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